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「学校教育法を一部改正する法律案」についての見解
2002年11月16日 日本私大教連中央執行委員会
平成14年8月5日の中央教育審議会答申「大学の質の保証に係わる新たなシステムの構築について」を受け、文部科学省はただちに大学への第三者評価制度導入を中心とする学校教育法改正に着手し、10月に始まった臨時国会に法案を提出しました。この改正は「専門職大学院制度の創設」、「高等教育機関に係わる認可事項の見直し」、「法令違反状態の大学等に対する是正処置の整備」、「認証評価制度の創設」の四つを柱としています。
この学校教育法の一部改正は現政府の政策全体の中に位置づけて考える必要があります。一つには憲法改正、教育基本法改正という新国家主義的な政策の流れがある中での改正であるということです。今回の学校教育法の一部改正が国家による教育統制の強化へとつながることが危惧されます。もう一つには、この改正が新自由主義経済政策の一環として推し進められている「大学の構造改革」路線に沿ったものであるという点です。小泉内閣は福祉・医療・教育を含めたあらゆる分野の「聖域なき構造改革」を標榜しています。しかし福祉・医療・教育は本質的に営利を目的とする産業となりえない要素を持っています。これらは本来は公が主たる責任を負うべき極めて公共性の高い分野であり、仮に一部市場化が行われるにしても、それは抑制的になされるべきものと考えます。「大学の構造改革」においても、高等教育機関に市場原理を導入して「競争的環境」に置くことが目指されています。今回の改正はその一環であり、教育産業としての自由な活動を保障するために設置認可事項を一定の条件のもとに届出事項とする、そして事前審査をなくす代わりに事後審査を厳格化するというものです。とはいえ単に事前の審査を事後に移すという単純な変更を意味するのではありません。学校教育法の一部改正には多くの疑義・問題点があり、それを放置したままでの法改正には強い危惧を持たざるをえません。特に第三者評価制度の法制化に関する主な疑問点、問題点は次のようなものです。
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1. |
今回の法改正では、これまで省令で位置づけられていた第三者評価を法的義務に強化し、設置形態の如何にかかわらず、国公私立大学すべてに対し一律に第三者評価を義務付けています。しかし評価機関の中立性の確保、客観的で公正な評価基準の保障等、具体的内容に多くの疑義を残したまま法制化を急ぐ理由はどこにあるのでしょうか。このままでは国が認証評価機関を通して大学を法的に管理・規制するシステムのみが先行することになります。これは憲法第23条で保障された「学問の自由」を侵害する危険を孕んでいます。 |
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2. |
今日の日本においては客観性のある大学評価の理念も方法も開発されていません。アメリカにおいては大学論を研究対象とする多数の研究所や大学院が存在しますが、日本ではまだそうした体制がとられていないのです。認証評価機関は「評価の基準や方法、体制等、公正かつ適確に認証を行いうるための一定の要件」を備えたものでなくてはならないのですが、どうしてそれが可能なのでしょうか。11月8日の衆議院文部科学委員会での附帯決議として「大学の個性・理念を損なうことのないよう、公正、妥当かつ透明性のある評価を確保するとともに、すべての大学が適正に評価を受けることができるよう、認証評価機関の整備充実に配慮すること」という項目がありますが、そもそもそれが可能であるのかが最も危惧されるところです。こうした不備な状況のまま第三者評価制度が恣意的かつ性急に法制化される背景としては、教育的意図ではなく政治的意図が働いていると感じざるを得ません。 |
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3. |
第三者評価を行う認証評価機関は文部科学大臣の認証を受けねばなりませんので、国と大学との間の中立的立場を保持できるかどうか疑義のあるところです。国の意向に従わない機関は国からの認証を取り消されることになります。これは評価機関に一定のレベルを求めるという根拠とは別に、評価機関の生殺与奪権を国が握ることであり、評価機関を介した国による大学評価ということになりかねません。大学設置基準が教員数や施設設備等の、いわば外形的な条件のチェックであったのと比べると、事後審査は大学運営や教育研究の中身に踏み込んだものとなることが予想されます。行政権力による教育への干渉が容易となるシステムとなることが危惧されます。教育基本法はその10条において、教育が「不当な支配に服することなく、国民全体に対して直接責任を負って行われるべきものである」ことを定めています。現状のままで認証評価機関が発足するとすれば、それが本当に「第三者」でありえるのかが疑問です。国の直接的な支配を受けることのない、公正な第三者評価機関の設置を可能にする制度設計がなされねばなりません。 |
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4. |
認証評価機関がどのようなスタッフによって構成され、どのような評価基準によって大学を評価するのかという具体的内容がまったく明らかではありません。評価機関は評価方法、評価体制、異議申立て制度、法人格の所有などの条件を備えなければなりませんが、文部科学大臣がその細目を定めることになっています。評価機関が文部科学省の出先機関となるという問題とは別に、大学間の設置形態の違い、規模の違い、財政的基盤の違い、更には建学の理念や研究教育内容の違いを超えて、どのような統一的な基準が適用されるのかが不明です。逆に多様な大学を多様な基準によって評価するとすれば、国は何をもって認証評価機関を認証するのか、どこにその必然性があるのかを問わねばなりません。この点での曖昧さが解消されなければ具体的な議論が成り立ちません。
また我が国には約一千の大学・短大があります。これを一定期間ごとに
評価する認証評価機関の数や規模はどのように想定されているのでしょうか。現在の大学基準協会、大学評価・学位授与機構などに加え、更に多くの認証評価機関が新たに用意されねばなりませんが、具体的にそれをどのように立ちあげるのか、どのように運営を保障するのかも明らかではありません。 |
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5. |
認証評価機関の評価を受けない大学はもとより法律違反となるわけですが、同時に大学設置基準等の法令に違反していると認められた大学に対し、文部科学大臣は是正勧告、変更命令、学部等の廃止命令を出すことができます。これまでは閉鎖命令だけであり、しかも実際的には適用されてこなかったことと比べると、是正勧告や変更命令を取り入れたことは大学への指導権限の現実的な強化と言えます。こうした法的権限の強化は恣意的な組織運営を行っている大学を指導するという理由づけがある一方で、将来的には国の政策への協力が充分ではない大学への干渉へとつながる恐れはないのか危惧されます。同じく衆議院文部科学委員会の附帯決議では「大学における違法状態の是正処置を講じるにあたっては、その基準を明確にし、公平性、妥当性及び透明性の確保に努めること」とありますが、将来的に拡大解釈されることのないことが保障されねばなりません。 |
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6. |
認証評価機関による評価が国による資源配分にどう連動するのかが明らかではありません。「21世紀COEプログラム」や「高度化推進特別補助」等のように、様々な格差を放置したまま大学間競争を煽る私大助成政策が次々と実施されていますが、こうした中で大学評価の客観的な理論も方法も存在しない現状、認証評価機関の中立性への疑義が存在する現状を放置したまま評価が行われ、その評価が資源配分に直接連動するようなことがあるなら、それは政府の政治的意図による教育統制へとつながる恐れがあります。評価と資源配分の関係についても、「公平性、妥当性及び透明性の確保」が不可欠です。 |
言うまでもなく大学は教育と研究を目的とするコミュニティであり、この教育研究機能を補助するものとして経営があります。しかし「大学の構造改革」路線において教育の市場化・産業化が推し進められるなら、経営のための教育研究という本末転倒な事態になりかねません。18才人口の減少と相俟って、現実にそのような事態が進行しています。事前審査の緩和・自由化は大学の市場化・産業化の一環であり、「競争的環境」の整備となるわけですが、イコールフッティング等の課題、とりわけ他の先進国と比べてあまりに貧弱な高等教育予算の問題が放置されたままです。
大学評価には内部評価(学生による評価、教職員による評価)と第三者機関による評価の二つがありますが、大学にとって重要なことは内部評価機能、つまり民主的な自治機能の強化であろうと思います。計画立案、実行、検証と評価、評価結果を受けた新たな計画立案という循環を可能にするものは大学の自治機能なのです。この内部評価に平行して、客観的で公正な第三者評価が行われることが望ましいと考えます。第三者評価によって内部評価機能が高められることが重要です。しかしながら政府が推し進める「大学の構造改革」路線においては教授会権限の縮小、経営者への権限の集中による上意下達の管理強化が目指されており、民主的・主体的な自治機能が弱められる傾向にあります。自治機能の低下は内部評価機能を弱めることになり、第三者評価を意識した経営者による、いわば上からの内部評価が幅を利かすことになります。また認証評価機関による大学評価基準の客観性、公平性が確保されない場合、評価は各大学がいかに国や産業界の意向にそった運営を行っているかを問う政策的なものになりかねません。
現時点での学校教育法の一部改正法案はあまりに制度設計が不十分であり、賛否を問うには具体的内容が不明です。多くの疑問点、問題点を放置したまま法案を成立させることに対し、強い危惧を抱かざるをえません。
以上 |