日本私立大学教職員組合連合・編
文部省は、昨年10月に出された大学審議会答申を受けて、今国会において大学教員に任期制を導入するための法律制定を計画しています。
この法案は、世界に類例を見ない「大学教員解雇法案」です。また、導入によって教育や研究を活性化させるどころか、逆に教員間の相互不信や荒廃を生み出す危険をもったものです。それ故に、これまで私たちはもとより、全国の多くの学者・研究者からも反対や危惧の声が上がってきました。
私立大学には、専断的な運営が行われているところもあります。このような大学はもとより、民主的・近代的運営が確保されている大学においても、任期制導入を許せば、大学の専断的運営がはびこる可能性を強く秘めています。
法案の国会上程を控えた今、この反対運動は大きな局面を迎えています。この討議資料は、多くの大学教職員の皆さんに大学教員任期制の危険性を訴え、反対の声を一層大きくしていくために作成したものです。
私たちは、多くの方々に「任期制導入に反対」という一点で共同の運動に参加されるよう強く訴えます。
1997年2月
日本私立大学教職員組合連合
中央執行委員長 古賀 義弘
文部大臣の諮問機関である大学審議会は、1996年10月29日に「大学教員の任期制についてー大学における教育研究の活性化のためにー」と題する答申を提出しました。政府文部省は、この答申に基づいて今国会で大学教員任期制の法制化を図ろうとしています。
大学教員任期制とは、大学教員に期限付き雇用を導入することです。つまり、期限が切れれば一旦退職となり、公募などの手続きによって再任用されなければ職を失うという、まさに教員解雇制度です。答申は、若手教員への任期制導入を重視しながらも、教授を含めたすべての職に導入が可能なようにするとしています。これは欧米にも例がありません。
答申は、任期制導入によって教員の流動性をはかり、これが大学の教育研究の活性化役立つとしています。しかし、教員が3年や5年の任期を付けられて、現代社会の学問的課題に応える独創的な研究や、国民の願いに応える教育を発展させうる保証はどこにもありません。逆に、すぐに成果の上がる研究の増大や、大学教育の軽視につながることが危惧されます。政府・文部省、財界の意図は、大学の教育研究の活性化とは別のところにあります。それは、1996年7月に閣議決定された「科学技術基本計画」からも明らかなように、日本経済の国際的競争力を強化するために、国策として科学技術政策に大学教員・研究者を動員することです。答申でも、官・産・学の人事交流を特に重視しています。私立大学では、18歳人口の急減期において、教員の解雇にも利用される危険性があります。
答申は、今回の任期制を「各大学の判断」によって導入する「選択的任期制」であるとしています。しかしこれも欺瞞的な表現です。それは、答申に基づく“大学設置基準大綱化”(1991年)以降、文部省がいかに「大学改革」に介入してきたかを見ても明らかでしょう。大学教員の任期制が法制化されれば、文部省の行政指導や財政誘導によって、各大学に強制されることは明らかです。答申も、任期付き教員や民間からの教員を採用する場合、研究費の確保や給与上の措置などが必要であると述べています。
そして、各大学で任期制導入を決定する機関も問題です。答申では、任期制の導入を決定する機関は、国公立大学の場合は、評議会の議に基づき学長であり、私立大学の場合は、学長等教学の意見を踏まえて理事会であるとしています。また、現職の教員に任期制を導入する場合は、国公立大学では任期を付けられた職への昇任、転任の際であり、私立大学では、学校法人と教員との間で新たに期間を定めた労働契約を締結することによるとしています。いずれにしても、「重要事項を審議する」はずの教授会や、労働条件について交渉する組合が無視されています。教授会の無視は、学長権限を強化し、教授会自治を形骸化する方向性を打ち出した大学審議会答申「大学運営の円滑化について」(95/9)とも軌を一にするものです。
大学教員任期制の導入は、大学執行部や理事会などに批判的な言動を行う教員を抑圧したり解雇したりする手段ともなり、大学の自治を内部から掘り崩す危険性を持っています。それはまた、大学の労働組合の弱体化に利用される可能性があります。
また、大学教員への期限付き雇用の導入は、日本の労働者全体の雇用の不安定化など、今日、政府や財界が進めている労働法制の全面改悪とも連動するものです。教員のみならず事務職員等の不安定雇用化への道も開きかねません。大学教員任期制の導入は、大学教員のみならず、国民の教育権、労働権への重大な挑戦といえます。
大学審議会は、答申のなかで、これからの社会が活力を維持し、時代の変化に柔軟に対応する能力と創造性に溢れた人材を養成していくうえで大学の役割が大きいことを指摘し、そのために大学改革を進め教育研究の活性化を推進することが課題であると述べています。とりわけ、大学の活性化と多様な発展に大学教員が果たす役割は大きいので、大学教員については優れた人材を確保し、その能力を高めるために大学教員の流動性を高める必要があるとしています。そして大学教員への任期制導入は、教員の流動性を高め、教育研究の活性化を図るうえで大きな意義を持ち、若手教員に関しては多様な経験を通じてその後のキャリア形成にとって大きな意味を持ち得るとしています。文部省・大学審議会は概ね以上のような認識のもとで任期制を導入しようとしています。
また、財界はこの間多くの教育改革・大学改革の提言を行っていますが、その主な主張点は、これからの日本経済の発展のためには創造的な人材を育成していく必要があり、そのためには教育改革が不可欠であるということです。そのためには大学の教育・研究も活性化しなければならないと主張しています。このような財界の主張も任期制導入の背景として考えられます。それは、日本学術会議のシンポジウム(97/1/20)において、坪井昭三氏(大学審議会組織運営部会特別委員、山形大学学長)が「(様々な意見も出たが)企業の声が高かった」と述べていることからも伺えます。
大学教員への任期制導入が、果たして大学の教育・研究の活性化に寄与しえるのかどうかは、このリーフで述べられている通りです。
さらに現在進められているいくつかの政策動向にも注目する必要があります。
まず、政府の科学技術政策です。95年11月15日に「科学技術基本法」が衆参両院で可決され、この法律に基づき、96年7月に「科学技術基本計画」が閣議決定されました。この「基本計画」は、日本経済の生き残りをかけた、いわば研究開発の「国家戦略」として決定されたものです。基本計画は、研究者等の養成・確保と研究システムの整備のためにいくつかの具体的な方針を述べています。その一つに国立研究機関等の研究者に対して、任期付き雇用を早急に実施することをあげ、人事院に対して検討を求めています。大学教員に対しても、任期制導入に向けて所要の整備を行う旨の提案が含まれています。人事院は早速、96年度の勧告・報告において、「研究公務員への任期制導入」の検討を開始することを明らかにしました。政府は、科学技術振興政策の重要な柱として研究者への任期制導入を位置づけており、それは重要な国家政策の一つであるということを認識しておく必要があります。
次に、労働力政策の問題です。現在の政府・財界の労働力政策の基本は、労働力の流動化の促進と不安定雇用の積極的な活用にあります。それは1995年5月に日経連がこれからの雇用政策等の基本を明らかにした「新時代の『日本的経営』」のなかで明確に示されています。このなかで雇用については、従来の日本型の雇用慣行から、「長期蓄積能力活用型グループ」、「高度専門能力活用型グループ」、「雇用柔軟型グループ」の3つのグループ化に再編していくとしています。そして政府に対しては、「規制緩和・撤廃」の要望として、労働者派遣事業、有料職業紹介の自由化、有期労働契約期間の延長(現行の1年から5年へ)などを提出しています。一方政府は、96年6月に労働者派遣法を改悪し、97年4月からは有料職業紹介の自由化を計画しています。また、労働基準法の改悪も政府・労働省内で検討されています。現在、「大学教員任期制法案」が問題となっていますが、大学教員に限らない労働者全体を巻き込む重大な労働法制の改悪が進められていることも見過ごせません。
大学審議会組織運営部会が「組織運営部会における審議の概要―大学教員の任期制についてー」(95/9/18)を発表して以降、多くの大学関係団体が反対・危惧の意見表明を行いました。
日本私立大学団体連合会は、95年11月6日に「審議の概要」に対する意見を提出し、教授を含む全教員対象とした任期制導入への疑問、「横断的な労働市場」が形成されていない問題、「優秀な人材が志望しなくなる」、「学生に対する継続的な教育研究面の指導および課外活動における指導にも支障」、「教員の研究意欲を低下させ、意図した教育研究の活性化とは逆の現象を結果する」等々、多くの問題点を指摘しています。国立大学協会は、同年11月24日に「審議の概要」に対する意見を出しました。その中で、米国のマッカーシズムを引き合いに出し、「academicfreedomを尊重するという視点が欠落しないことを強く希望する」とし、教育についての業績評価の問題、再任可否の審査を外部に求める問題など多数指摘し、任期導入が「達成するべき目標」となることに対し危惧の念を表明しています。その他、全国公立短期大学協会(95/11/20)、大学基準協会(95/11/22)、公立大学協会(95/11/27)、国庫助成に関する全国私立大学教授会連合(96/9/10)など各団体が様々な課題、問題点を指摘しています。唯一、日本私立短期大学協会が何の疑問も呈することなく「大学の教員に任期制(各大学の判断に任せる選択的任期制)を導入するとの提案に賛成いたします」(95/11/20)と述べています。
一方、各教職員組合は明確に反対の意見を表明しています。日本私立大学教職員組合連合は「危険なねらいもつ教員任期制導入に反対する声明」(95/11/9)を発表し、任期制が教員の雇用そのものを不安定にすること、その結果教育・研究面で「悪しき業績主義」をはびこらせる恐れがあること、そして任期制の恣意的運用によって専断的な大学運営を助長する恐れがあることなどの問題点を指摘しました。その他、東京、大阪、京滋など各地の私大教連、国公立大学の教職員組合である全国大学高専教職員組合が反対の声明を発表しています。
大学審議会は、大学関係者の間にこのような反対意見や疑問の声が広範に存在しているにも関わらずに、これらに全く耳を傾けることなく「大学教員の任期制について」の答申を行いました(96/10/29)。
今国会に任期制が法制化される動きがある中、大学教員任期制導入反対の運動は新たな段階に入り、全国各地で反対運動がこれまで以上に強まってきています。京滋(96/12/18)、東京(97/2/7)、大阪(97/1/20)では大学教員任期制導入に反対する共闘組織が結成され、請願署名や各種集会、職場討議の推進など多様な運動が始まっています。大阪では任期制に反対する「意見ポスター」が取り組まれ、706名34団体から賛同の意見が寄せられました。また、学長経験者など150人がアピール「大学教員の任期制法制化に反対しましょう」を発表しました(96/1/20)。
各学園から反対の声を強めていきましょう。
任期制導入は、3年や5年の雇用期間(国公立の場合は任用期間)付きの雇用を導入することが狙いです。つまり、期間が終了すれば、雇用の継続について何の保障もなくなるということになります。
労働法や公務員法は、長期に継続して雇用する常用雇用を原則にしてきました。任期制は、この常用雇用の原則を大きく崩そうとするものです。
アメリカでは大学教授になればテニュアという身分保障を獲得して、雇用の継続が保障されていますし、今回のように、教授を含めて「流動化」を目的に任期制(短期雇用)を導入している国は世界にも例がありません。
日本にはまだ解雇制限法がありませんが、裁判所は、解雇に相当な合理的理由がないときには解雇権の濫用と判断して、労働者を救済してきました。
また、短期の雇用期間が定められていても、繰り返して更新していれば「連鎖契約」の法理を支持して、一方的な更新拒絶は解雇と同様に考えて一定の理由がなければ許されないと判断してきました。
国公立大学教員は公務員ですので、身分保障の点から任用期間を定めること自体が原則として許されないとされています。この身分保障が日本の公務員の労働基本権剥奪の理由とされてきましたので、任期制によって身分を不安定にすることは、公務員法上も大きな問題を生むことになります。
任期制は、雇用を不安定にする一方、身分的な拘束を強める面をもちます。つまり、労働基準法第14条が禁止する「1年以上の期間」の例外として、3年や5年の雇用期間が認められると、この期間は、他にいい就職口があっても身分的に「拘束」され、自由に退職できないことになります。
重要なことは、答申は、定年まで働くという「期間を定めない」雇用契約で働いている現職の私立大学教員についても、新たに契約を締結し直して期間の定めを設けることを予定しています。「教員の合意」が前提にはなっていますが、就業規則の一方的不利益変更で「包括的合意」が得られたとして、現職教員に任期を付ける私大理事者が出てくる可能性があります。
当面、一部の科目や新規採用の教員を対象にした部分的な任期制導入から始まっても、任期付き雇用がすぐに支配的な雇用形態になると予想されます。
答申では、わざわざ「再任」を「再びその職に採用するということ」と念を押しています。任期を定めても「黙示の更新」によって雇用が継続しないように、改めて審査をともなう「選考」を行うことを求めているのです。
しかし、このように雇用の不安定化をもたらす一方で、再就職のための公正な機会の保障や特別な就職援助の機関については、具体的には何らの保障も提言されていません。任期切れのあと、雇用継続の保障がないなかで、職を失った大学教員は、公共職業安定所などに頼らざるをえません。しかし現在、私大教員は雇用保険に加入していませんので、失業中の生活保障として重要な失業手当はもらえません。また、退職金は一つの大学に長期に雇用されれば累進的に額が増える制度が一般的ですので、短期に大学を移ることになれば、一挙に不利になります。その結果、大学教員は雇用が不安定であるという理由で、銀行が住宅ローンを組んでくれないという心配も生じます。
現在の社会保障制度は、長期の雇用を前提にしていますが、任期制導入にともなっての改善はありません。公的年金(私学共済の長期給付や厚生年金)の2階建て部分の老齢年金を受給するためには最低25年間の加入義務があります。任期制が導入されれば、長い非常勤講師の期間の後、A大学に5年間勤務、一定の空白後、B大学に8年間勤務…などのモデルが考えられます。こうしたモデルでは、25年間の勤続年数はかなり厳しい要件です。高額の年金保険料を24年もかけたのに、結局掛け捨てになり、低額の老齢基礎年金しか受けられない教員が増加します。大学教員の任期制導入は、つらい老後生活をもたらすことにもなるのです。
不安定雇用となる大学教員には、人材が集まらないとか外国に流出する心配が一層強まることにもなります。
任期制が社会・人文科学研究に及ぼす影響について考える場合、問題をいくつかの側面に分けて考える必要があります。
第一は、理工系の研究と共通する問題ですが、任期制は再任を保障するために、研究の質よりも量を重視する傾向を生むであろうという点です。社会・人文科学系の研究は、一つの業績をまとめるのに多くの時間を要することを考えるならば、このような傾向がスケールの大きな、また深みのある研究の妨げとなることは明らかでしょう。
特に若手の研究者こそ目先の業績にとらわれず、学問研究の方法論をしっかりと身につける必要があることを考えるならば、若手研究者を任期制の主たる対象とする考え方は、筋違いという以外ありません。また若手研究者が再任を意識すれば、新しい分野に対する挑戦や、先輩の業績に対する批判的な研究がしにくくなり、研究の活性化どころか、研究の停滞と沈滞をもたらすことになるでしょう。
第二に社会・人文科学系の学問はイデオロギー的な性格が強く、理工系に比べても客観的な業績評価の基準を立てにくいという問題があります。したがって、再任に際し、公正な審査を期待することが非常に難しいということができます。仮に、恣意的な基準による審査が罷り通れば、特に少数派の学問的立場が弱くなることが予想されます。学問研究の発展にとって大切なことは、様々な立場が存在し、その間で活発な議論が存在することであることを考えれば、任期制が学問研究の世界に沈滞と同時に、全体主義をもたらすことさえ懸念しなければなりません。
また答申では、審査の際に教育評価を加えることが望ましいとしていますが、社会・人文科学系の教育の特徴は、技術的な性格が薄く、ものの考え方、価値観に関わる分野が多い点にあります。したがって、教育評価が審査に安易に取り入れられることは非常に危険と言わねばなりません。
さらに戦前の京大事件などを見ても分かるように、社会科学系の学問は国家権力と直接的な摩擦、矛盾を生みやすいという特徴があります。そのために大学での自由な社会・人文科学研究を保障するために、憲法23条で「学問の自由」がうたわれ、法律で教員の身分の尊重が規定されているのです。
大学教員の任期制が一般化すれば、ボス支配や学閥支配が今以上にひどくなることが予想され、その結果、大学の自治、学問の自由は内側から形骸化していき、体制迎合的で、視野の狭い研究や教育が横行することになるでしょう。その意味では、任期制は教員の身分問題にとどまらず、社会・人文科学研究や教育のあり方を大きく変質させる危険性が強いと言わねばなりません。
大学教員任期制導入のねらいは、産学共同を推進しながら理系教員の流動化をはかることが重要な目的のひとつになっています。大学の理工系分野における創造的人材の育成のための産学懇談会報告『創造的人材育成のために』(1996年3月)によれば、産業界の国際競争力の低下のなかで新しい経済フロンティアの開拓による活力ある社会の創出が緊急の課題であり、「我が国の大学の理工系分野において創造的な人材の育成ができなければ『人材の空洞化』も懸念される」と危惧の念を表明し、創造性のある教育を実現するために教育研究環境整備などとともに、教員人事の流動化を提唱しています。
また、昨年7月2日に閣議決定された「科学技術基本計画」によれば、研究開発システムの整備の一環として国立試験研究機関の研究者の任期制とともに大学教員の任期制について「今後できる限り早期に検討の結論を得、その結果を踏まえて所要の整備を行う」ことを提案しています。
このように、大学教員・研究者の「流動化」「任期制度」が出されてくることからみて、今回の大学審議会答申にもとづく「大学教員任期制法案」は自然科学系教員をターゲットにしているといっても過言ではありません。
大学教員任期制が導入されると大学の教育研究の発展・向上どころか、以下の問題点が生じて新たな困難をもたらすことになります。
(1)大学教員は目先の研究業績に目を奪われて教育活動がおろそかになる。
(2)上司の評価だけが気になる教員の増大とあわせてボス支配が強まる。
(3)大学と産業界との教員の「流動化」は基礎研究の大学への「下請化」をもたらす。
(4)大学が産業界に奉仕する「技術兵士」養成機関化し、自然科学の創造的発展を探求する機能が衰退する。
(5)企業主義的競争原理が大学にはびこることにより、自然科学の魅力が失われ大学進学志望者の「理科離れ」をもたらす。
このように大学教員任期制の導入は、教員の身分の不安定化にとどまらず、多大な困難を大学にもたらすことになります。
本年2月6日から開かれた「関西財界セミナー」において、産学協調体制の推進で一致したなかで熊谷信昭前大阪大学学長が「大学は社会に開かれた場になるべきだが、企業の下請研究機関になってはならない。大学には企業にできない基礎研究にいそしむ義務もある」(『日経』1997.2.7)との指摘は財界への警告として示唆にとむものです。
また、政府は1997年度の予算案を決定しましたが、科学技術関係経費は21関係省庁の一般・特別会計をあわせて3兆25億円(対前年度6.8%増)となっています。私大助成についても私大経常費に対する補助は2950.5億円(同2.6%増)に止まっているのに対して、私立大学学術研究高度化推進事業として学術フロンティア推進事業38.5億円(新規)、ハイテク・リサーチ・センター整備事業35.69億円等を計上しています。私立大学も政府の科学技術政策に組み込まれていることが伺えます。
答申は、大学教員の任期制を導入することは、@「国内外を問わず、他の大学や研究機関等との人材交流を一層促進することとなり、教員自身の能力を高め、大学における教育研究の活性化を図る上で、極めて大きな意義をもつものである。」A「任期制を導入することにより、……教員の業績評価を行うことが必要となる。……こうしたことを通じて、教員の教育研究が活性化することが期待される」と述べています。@については、Q5、6で述べましたので、Aについて考えます。 教育の活性化を述べるには、日本の大学が現状でどのような問題点をもっており、どのような教育を施すことが未来の社会のために良いのかに言及する必要があります。残念ながら、本答申では、現状の大学教育の批判が伝聞証拠として挙げられているだけで、審議会自身の認識がありません。例えば、私立大学に対する国庫助成額が不十分なために、教育環境が学生にも教員にも十分でないという認識もありません。国の私学助成に対する努力義務違反を指摘しないで、いきなり任期制を教育の活性化の手段にすることは、国の高等教育施策の怠慢を覆い隠すものであります。
さて、高等教育の将来予測については、1997年1月29日に出された大学審議会「平成12年度以降の高等教育の将来構想について(答申)」が、「高等教育を取り巻く情勢の変化」という項目で次のように述べています。「高等教育機関での学習を希望する者の層は今後とも拡大し、学生の能力、適性は一層多様化するものと考えられる。高等教育機関は、このような学生の多様化を踏まえて、それぞれにその目的・性格や、教育内容・方法の在り方を、更に見直していくことが必要となっている。」これに加えて、生涯学習ニーズの高まりなどが示唆されています。
高等教育の動向についてこの指摘に基づくならば、これからの高等教育機関に求められているのは、教育を教員各自の努力に任せるのではなく、教育機関としてどのような教育をおこなっていくかということです。ここ数年来、ファカルティ・ディヴェロップメントが言われているのも、教育機関として教員・職員が協同で教育していくことの必要性からなのです。
教育の点から言えば、任期制は本当に教育の活性化になるのでしょうか。私立大学の場合、選任教員の数が経営上限られています。また、日本の教員は教育よりも研究を重視しており(有本章・江原武一『大学教授職の国際比較』玉川大学出版部)、教員評価の基準も研究成果が主となっています。このような状況で、しかも教員の評価基準が不明確なままで、任期制が導入されるとどうなるでしょうか。恐らく、多くの教員は、学生との接触を避け研究に重点を移すか、理事者の気に入られるような振る舞いをするでしょう。これでは、教職員が協同して教育に当たるということができなくなります。
もし任期制によって教員の入れ替わりが激しくなると(任期制を試用期間として利用する大学も出てきましょう、あるいは私学では教員の人件費を抑えるため任期制を利用する大学も出てきましょう)、学生が入学の時に教えてもらった教員が卒業の時にはいなくなるということも生じます。卒業後教員に相談に乗ってもらおうとして連絡を取ろうとしても、元の学校にも他の学校にもいないという事態も生じます。
私立大学の経営者の団体である日本私立大学連合会も中間答申である「審議の概要」に対する意見(1995年11月6日)の中で、「教育は継続性とゆとりが要求される営為である」と述べ、「私立大学の場合においても建学の精神に基づく特徴ある私学教育の継承等に問題が生じるのではないかと考える」して、任期制の導入に慎重な態度をとっています。
答申は、「各大学の判断により任期制を導入し得る『選択的任期制』とし」と述べています。これを見ると任期制を導入するかどうかは自主的に各大学が判断できるように見えます。しかし、これは建前であって、文部省は学部・学科の許認可や予算の配分の際に高圧的な「指導」を行い、文部省の意向に従わざるを得ないように仕向けるのです。
すでに、1997年度の政府予算で、特別補助として「教員流動化促進費」を新設しています。昨年12月10日に行った全国私大中央要請行動の際、私学振興財団での交渉では、「民間等から招聘した教員の研究費・研究旅費」として7,500万円が計上されていることが明らかになりました。国立大学でも「教員流動化促進経費」が新規計上され、「民間等から助教授以上の教員として招聘された者に対する研究費」に充当するとしています。
大学教員任期制に関する論議が、国会で始まる前にすでに予算化して、導入の構えを見せているのはなぜでしょうか。これには文部省の巧妙な手法が潜んでいます。
大学審議会の答申を受けて、91年7月に改訂された大学設置基準では、大学は「自ら点検及び評価を行うことに努めなければならない」(第2条)と努力義務規程にすぎなかった自己点検・評価に、特別助成を計上するとともにその実施状況を報告されるなど強制力をはたらかせてきました。文部省の「大学改革進捗状況調査」によると1995年度の調査結果は、566大学中447大学(79%)[国立98校中96校(98%)、公立52校中37校(71%)、私立416校中314校(75%)]が「自己点検・評価」を実施している状況を明らかにしています。文部省は「報告書の紙代程度ですよ」といいながら財政誘導を認めています。
また、大学設置基準の「大綱化」により、見かけは自主的にカリキュラム改革が出来るようになっていますが、学部・学科の改組・転換の際には文部省の意向を受け入れないと認可が下りないなど、むしろ文部省の「指導助言」が無制限に拡大されています。
答申では「選択的任期制」といって、教員任期制の導入をそれぞれの大学が自主的に判断できるかのように見せかけていますが、大学教員任期制が法制化されれば、行政指導と財政誘導により、強制的に導入されることは明らかです。
<参考>
1983年に設置された放送大学は、当初から教員の任期制のある大学として出発しました。任期5年で再任は可能というものですが、大学は1989年の任期満了時に3名の教員の再任審査の手続きをとりませんでした。
そのうちの一人である深谷昌志氏(現静岡大学教授)に対して学長は、(1)あなたは懇親会などの酒席に出席する率が低い、要するに人づきあいが悪くて専攻(学科)で浮いている、飲めなくても酒席で学ぶことが多いはずである、(2)あなたの研究業績があまりにも多いのは、自分で論文を書かずに名前だけ付けているのではないかという人もいるがどうなのか、(3)卒論をあなたのもとで書く学生が多いため学内で反感を買っている、という理由で再任の手続きをとらなかったということですが、このような理由で職を失うということはあってはならないことです。
深谷氏は、「学長の文部省や世間に対するある種の功名心」から生じたものと述べていますが、任期制が導入されればこのような事件はどこでも起こり得る危険性を孕んでいます。(『放送大学で何が起こったかーあらためて大学を問う』黎明書房、1989年)
池内了氏(大阪大学教授)は、任期制について「科学者を使い捨て労働者、あるいは物言わぬ会社人間に仕立て上げる発想と同じに見えてしょうがない」、「上司の評価だけを気にする研究者が、未踏の分野に挑戦するとはとても考えられない」と述べていますが(『朝日新聞』96年7月10日付夕刊)、「選択的任期制」という言葉のアヤに誤魔化されることなく任期制導入のねらいを把握することが重要です。
これまで述べてきたように、大学教員の任期制の導入は、教育研究が活性化するどころか荒廃化の危険さえはらんでいます。社会に寄与し、学生や父母、国民の期待に応える教育研究を創造していくためには、次の点こそ重視されなければなりません。
第一に、私大助成をはじめとする、高等教育への公的資金の支出を増加させることです。日本のGNPに占める高等教育費の比率は先進諸国の約半分にすぎません。
第二に、大学の改革は大学人みずからの主体的、自主的な改革への努力によって進められるべきものです。大学改革に向けての教職員の自覚的な努力が、いま求められています。
第三に、憲法・教育基本法の理念に則った大学改革を推進させることです。そのために、大学教員任期制問題にとどまらず、学園の民主化の課題、私大助成運動、高学費問題などの課題に取り組む視点が重要です。
大学教員任期制問題は重大な局面を迎えています。社会的な期待に応える教育・研究を創り出していくために、「任期制」反対の声を強めていきましょう。